スポーツナビ+終了に伴うブログ移行について

スポーツナビ+が終了ということで、「気ままにスポーツ観戦」という名で書き綴ってきたスポーツ関連の記事をこちらに移行しました。もう丸4年もお休みしていましたが、また気が向いたら新しい記事を投稿します。
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安藤美姫~天使の舞

女子SPでは安藤の演技が圧巻であった。
不覚にも演技の終盤から涙があふれてきた。
まさか安藤がこれほどの高みに達するとは想像もしていなかった。

リンクに現れた安藤の顔はいつもとは大分違うように見えた。
穏やかであるが、とてもこれから勝負をしようというアスリートの顔ではない。
調子が悪いのではないかという不安感とともに演技が始まるのを待った。

冒頭のコンビネーションが3Lz-3Loではなく、3Lz-2Loであったことには軽い失望感を覚えた。
残る2つのジャンプもクリーンに決める。しかしジャンプとしての印象は思いのほか薄い。
しかし演技が進むにつれて、それこそが彼女が意図したことではないかと思えてきた。

彼女は「祈り」「慰め」というテーマの中にフィギュアスケートのすべての要素を織り込んだ。
ジャンプを「祈り」の中のひとつの要素とするためには、ジャンプだけが目立ちすぎてはいけない。
そのためには、全体の演技の流れが決して止まらないことと、演技がクリーンであることが要求される。
いかにも苦労して難しいジャンプを飛んだというような印象を与えてはならない。
これが可能になったのは、彼女がはるかに高い次元の技術を身に付けていたからに他ならない。

ジャンプがジャンプのためのジャンプではなかったように、
ステップもステップのためのステップではなかった。
細かく見れば技術的に難度の高い動きの連続であったと思うが、見る者が「難しさ」を感じることはない。
純白の衣装ととびきりの笑顔の中で、皆が彼女の祈りの世界に引き込まれていく。
もう終盤はこれが得点を競う競技会の中で行われていることとは思えなくなってきていた。

ああ、これがフィギュアスケートというものなのだ。
「技術」と「演技」は別々のものではなくて、一体不可分のものなのだ。
人はこうして「思い」を表現することができるのだ。
そのことを気づかせてくれたのが他ならぬ安藤であったことに、私は大きな喜びを感じる。
安藤といえばもともとは「技術オンリー」ともいえる選手の代表格で
アップテンポの乗りやすい曲でないと上手く演技できない選手であったはずだ。
その安藤がついにこのような高みにまで達した。
一年前に「いつかどこかで」と控えめに書いた願望が、
私の期待をはるかに上回る形で実現したという事実に、
私の感動は止むことがないのです。



フィギュアスケートは新しい時代に

 ひと月遅れの世界選手権、男子のFSが終わった段階で、昨年までとは全く違う風景が見えてきた。

 SPでのP・チャンの演技は、今考えられる最高のスケートともいえる素晴らしい演技であった。もともとスケーティングのうまさには定評があったが、クリーンで深い踏み込みのステップや、軸が全くぶれずにスピード感のある美しいキャメルスピンに加えて、飛べなかったはずの4Tまであれほど完ぺきに決められては、誰も太刀打ちができない。これまでの「美しい滑りか4回転か」という対立軸は全く過去のものとなってしまった。

 ひとり無人の野を行く感のあったチャンはFSではさらに4Tを2回も決めて、新時代の王者をアピールする。しかし、新しい力は確実に育っていた。まずはなんといっても我らが小塚。4Tを含むすべてのジャンプをクリーンに決めただけでなく、ステップでも格段の進歩を見せ、技術点だけではなんとチャンを上回る得点をたたきだした。現時点ではスケーティングやスピンの美しさではチャンに一歩譲るのは仕方ないとしても、チャンの独走は許さないといった位置につけてきた。ともあれ、銀メダルおめでとう。
 4Tや4Sを成功させたガチンスキーやブレジナがこの2人に続き、もはや4回転を成功させることなく上位に食い込むことは不可能であることが明らかになった。この流れはもはや逆戻りすることはないだろう。

 高橋は滑り出した瞬間からその滑りの滑らかさ、美しさはチャンと双璧であると感じたが、直後のトラブルで今回は仕方のない結果。それに比べて織田は何度同じ過ちを繰り返したら気が済むのだろう。特に今回は3T-3Tの直後に3A-3T、何を考えているのかといった感じは否めない。咄嗟に3A-2Tに切り替えていれば結果的に銅メダルはあっただけに何とも残念であった。

贔屓の引き倒しにならないために

女子シングルのFSは、浅田や安藤を応援する
私たち日本人にとってはつらい結果になってしまった。
しかし、見るだけのフィギュアスケートファンとしては
その悔しさを補って余りあるほど、見ごたえがあった。

キムの演技は本当に素晴らしかった。
すべてのジャンプが高い精度で、
しかもこれだけ美しい流れをもって跳ばれるのを
私はこれまで見たことがない。

SPでは「あざとい」と感じた演技の印象も、
FSでは「凄さ」を通り越して、「軽み」にまで達したかのような
何度でも見たくなるような最上の演技であった。

これまで私はキムに死角があるとすれば、
音楽的な感受性の欠如ではないかと思っていた。
数年前まで、浅田が「ノクターン」や「ラヴェンダーの咲く庭で」など
芸術性の高い音楽を完全に自分のものとしていたのに対し、
キムは「こうもり」や「シェヘラザード」など
わかりやすく大衆受けしやすい曲しか使用できなかった。
ところが今回、ガーシュインのピアノ協奏曲という難しい曲を
芸術性高く、完全に生かしきった彼女には、
もはやケチをつける点はなくなってしまった。
GOEの大きな加点も、PCSの高得点もすべて納得である。

浅田もよかった。
これだけ質の高い3Aを3回揃えたことは
特筆すべきことであろう。
しかし、残念ながら
浅田は競技とは別の土俵で勝負をしてしまったように見える。
厳しいことを言えば
いくら3Aを跳び、自らの限界に挑戦するようなステップを踏んでも、
3Lz・3Sなし、しかも3F・3Tともに不安定、
さらに3Aを決めるために
演技の流れやスピードまでもが犠牲になってしまったのでは
フィギュアスケートという競技の中では、
はじめからキムとは勝負になっていなかった。

困難に挑戦し続けるという
浅田のアスリートとしての姿勢には大いに共感するし、
それを実現させたという点で評価するならば
浅田は文句なく金メダルである。
しかし現実に「金メダルを取る」ことを目標にするのであれば
これからの課題は限りなく大きいといえるだろう。

安藤についても一言。
実は私は今回の金メダルは安藤のものになると予想していた。
しかし、回転不足に甘い今大会で、
SPの3Lz-3Loが成功しなかったことがすべてであった。
そのため、おそらくモロゾフの指示であろうが、
FSにおける彼女は平凡な安全運転に終わり、
彼女の持つスピード感や情熱が全く感じられない演技になってしまった。
GOEの加点がほとんどなく、PCSが低く抑えられたのも
仕方のない結果である。
しかし今の時点で、キムに対抗できる選手がもしいるとすれば、
それは安藤をおいていないだろう。
もう少しジャンプの精度を上げること、
自分を信じる強い心を持つこと。
彼女にはそれが可能であろうし、
いつかどこかの舞台で
これぞ安藤という演技を見せてくれると信じている。


得点はほぼ妥当、しかし・・・

女子シングルSP、ともにほぼ完全な演技をした浅田とキム、
得点は僅差と思いきや、約5点の思わぬ大差がついた。
果たしてこの得点は妥当なのであろうか?

大きな差がついたところは、
浅田の3A-2TのGOE0.6に対してキムの3Lz-3Tは2.0
これは、どうしても流れが止まってしまう浅田に対し
キムはきれいに流れているので、ほぼ妥当といえる。
3FのGOEは浅田0.2に対しキム1.2
これもジャンプ前後の流れからキムに大きく軍配が上がるのはやむを得ない。
ちなみにロシェットは短い前走からきれいな流れで決めており、破格の1.6も納得できる。
あと慎重に演技した浅田がややスピード感に欠けたことを思えば、
PCSで1.5程度のビハインドも仕方のないところ。
とすれば、これで得点差のほとんどは説明がついてしまう。

しかし、何度も流される映像を見ていると、浅田の演技は何度でも見入ってしまうのだけれど、
キムの演技は何度も見たいとは思わない。
浅田の演技はけれん味がなく、ひたむきさがひしひしと伝わってくるが、
キムの演技は計算しつくされていて、あざとささえ感じさせる。
少なくとも私にとっては浅田の演技のほうが好感が持てる。

そもそも、女子のSPの規定は
3Aジャンパーにとって有利なものではない。
男子なら「2Aまたは3A」の規定ジャンプが女子では2Aのみ。
このため3Aを組み入れても得点面のメリットはない。

また、フィギュアスケートは氷上のバレエを目指したものであるとする考え方ならば、
汗臭く限界に挑戦する演技よりも確実な技をクリーンに演技するほうが好ましいとみる見方もありうるだろう。

これらのことがお互いすべてわかった上でプログラムは構成されている。
だから、いくら浅田の演技のほうが感銘深かったとしても、
いまのルールと規定に従って演技をする以上、
この得点差は妥当と言わざるを得ない。
スポーツとはそういう部分もあるのです。

くれぐれもクレーマーとならないように…。




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